「ねえ、リンさん。どうしてそんなにカッコいいんですか?」
突然、『ラビリンス』の新米ホスト・健史が聞いてきた。
「どうしてと聞かれても・・・それに僕よりカッコいい人なんかたくさんいるから。現に僕はまだナンバースリーだし。」
「それは、単に売上だけの問題でしょ?僕はこの店ではリンさんが一番だと思うなあ。」
「ハハハ。それはどうもありがとう。でも健史君もなかなかカッコいいよ。」
「いえいえ、僕はダメ。好きな人がいるんですが、僕なんかまったく相手にされないんです。リンさんぐらいカッコ良かったら、悩むこともないんだろうけど。」
健史は先週から『ラビリンス』で働いている。もっぱら先輩ホストのヘルプとしてサポートする仕事である。父親の闘病でお金がいるらしい。そんなことは少しも感じさせない明るいキャラクターはリンから見ても好ましかった。
「僕は健史君好きだよ。きっと好きにならない女性はいないんじゃないかな。」
「それがそうでもないんです・・。」
『ラビリンス』に不釣合いな女性客がやって来た。今どき度のキツそうな黒縁メガネをしている。髪は無造作に束ね、春だというのに黒一色のパンツスーツである。一見、男かと間違うほどのそっけなさ。店に入ってくるやいなやジロリと見回し言った。
「ここに岡崎健史って子がいると聞いたけど・・。」
リンが見回すと健史が隅のほうで小さくなって首を横に振っている。
(いない、いないと言ってください!)
目が懇願している。リンは納得したように黒縁メガネの女性客に言った。
「こちらに岡崎健史という男性はいませんが、それが何か?」
「いえ、この店に勤めていると聞きましたので。」
「はあ。」
「岡崎健史はウチの生徒なんです。」
「生徒・・?」
(ということは健史は高校生?)
リンは一瞬戸惑ったがいつもの冷静な顔だ。
「まさか高校生はここにはいません。それよりせっかくお越しくださったのですから、少し飲んでいかれませんか?」
「生徒がいないんなら、ここにいても意味がないわ。帰ります。それにホストクラブなんかに興味はないし。あ、ごめんなさい。」
「別に謝らなくてもいいですけど、どういう仕事か理解したくはありませんか?知識として。」
「・・・そうね。」
黒縁メガネの女性客は、知識という言葉に反応したのか、大人しく席に座った。後ろをチラッと見ると健史がそーっと控え室に入っていった。女性客は高野京子と言った。
「健史君、もう出てきていいよ。先生はお帰りになりました。」
リンが控え室のドア越しに話しかけると健史がオズオズと出てきた。
「それにしても高校生だったなんて・・。」
「スミマセン、支配人には内緒にしておいてください。親父の入院費稼ぐにはコレしかなかったんです。」
「内緒に、って言っても未成年だし。あ、それでお酒飲まなかったんだ。」
「そうです。僕、せめて店に迷惑かからないように酒もタバコもやっていません。」
「わかった。とにかく、解決策を考えなきゃ。ところで先生が心配してやってきたけど。」
「手強いでしょ?」
「えーっ?あのセンセイが恋の相手?」
「・・・そうです。」
「そりゃ確かに手強いな。しかも恋している場合じゃないし。」
「そうなんです。」
「入院費はいくら?」
「ココで働けば三ヵ月で大丈夫。」
「なるほど。で、勉強は?」
「僕、コレでもデキがいいんです。別に勉強に支障はきたしていないつもり。」
「でも先生がわざわざ訪ねてくるなんて問題があったんじゃないの?」
「うーん。それはなんでだろ?」
「これであの手強いセンセイが諦めてくれるといいけど。」
しかし、黒縁メガネの先生・高野京子は諦めてはいなかった。
前触れなくやって来て『ラビリンス』のドアを開けた。マズイことにたまたま開けた瞬間に健史が立っていたのだった。
「岡崎君・・!。やっぱりここにいたのね。どういうこと?岡崎君はここにいたじゃない?どうして知らないなんて言ったの?」
高野京子が詰め寄る。リンは素直に謝らざるを得なかった。すかさず健史が言った。
「僕が頼んだんです。いないことにしてくれ、と。リンさんにも店にも責任はないんです。」
「未成年を使っているとなると責任はあるわ。」
「知らないんです。年齢も偽っていますから。」
「まあ・・。」
「ちょっと待ってください。健史君の話を聞いてからでも遅くないのではありませんか?未成年とはいえ、もう十八歳ですよ。」
「十八なんてまだ子どもよ。」
「子どもじゃありません。もう立派な男です。」
「男ですって?男というのは、自分の生活をキチンと支えてちゃんとした仕事をして生きている人のことを言うのよっ。」
高野京子はなおも怒りが収まらない様子である。
「わかりました。先生、健史君のことを隠していたことは本当に謝ります。ですが、お帰りになる前にもう一度だけ、僕に付き合ってくれませんか?」
リンはそういうと久々に胸ポケットのカードを取り出した。シャッフルする。高野京子は教室に立っていた。岡崎健史は今日も授業中に寝ている。気がつくと健史と行動をともにしていた。健史は部活にも休部届けを出し、サッサと家路に急ぐと妹たちの夕食の支度をしている。テキパキ家事を片付けるとスーツに着替え父親の病院に向かう。父親の洗濯物を病院内のコインランドリーで洗う。洗濯の最中に教科書を取り出し復習である。看護師に挨拶すると、またまた急いで『ラビリンス』に向かう。店にはまだ誰も来ていない。黒服たちと一緒に掃除を済ませ、スタンバイである。京子が見ているととにかく健史はよく動く。先輩ホストから呼ばれるたびに右へ左へと席を移動した。女性客への応対も申し分がないようであった。『ラビリンス』の仕事が終わると道路工事の交通整理の仕事である。四時間ほど働いて帰宅する。その一部始終を見ることができた。
「どうでしたか?」
「コレはなに?」
「健史君の一日を一緒に見てもらったのです。十分、立派な男でしょう?」
「・・・・・。知らなかった。でも岡崎君はまだ高校生よ。こんな生活はカラダを壊すわ。どうして先生に言ってくれないの?」
健史が重たそうに口を開く。
「誰にだってトラブルは起きる。ウチはたまたま親父の病気があった。幸いニ、三ヶ月の入院ですむというし、それなら自分がちょっと頑張ればいいかなと思って。親父はお袋が亡くなってからずーッと自分や妹の面倒を見ながら仕事をしてた。こんなときくらい自分が頑張らなければ頑張るときないでしょ?もちろん、先生にも言わなきゃいけないかなと思ったけど、先生が心配するでしょ?僕は心配かけたくなかったんです。先生が好きだから。好きな人に心配かけたくないでしょ?男は弱音吐きたくないでしょ?」
「・・・・・・・・。好きって。どうして?」
リンが割り込んで口を開いた。
「好きになるのに理由はないでしょう?健史君は言っていました。先生がこっそり花壇に水をやっていることを。捨て猫に話しかけている姿を見たこと。数学の授業で厳しく怒っても本当は優しいことを知っているんです。それが恋する理由じゃおかしいですか?」
「そんなこと・・。それに私は八歳も年上だし、しかも教師よ。私の方が知識があるわ。釣り合いが取れない。」
「釣り合いって何の釣り合いですか。知識も仕事も年も、心の重さや人間性に差はないのでは?むしろ他人に甘えない健史君はそのへんの若者より大人です。」
「確かに。でも問題は夜のバイトよ。何か方法を考えなければ。このままじゃ大学受験に響くわ。」
「個人授業をしてください。公私混同だけど。」
リンと高野京子は思わず顔を見合わせた。
「なるほど。そう来たか。」
「バイトもあと一カ月で終わる。僕は高校生に戻ります。そして先生に男として認められるために大学受験に合格する。そのために力を貸してください。」
(やるな、健史)
リンは能面のような顔を上気させ、健史を見ている高野京子を見ながら思うのだった。
